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東京高等裁判所 昭和62年(ラ)494号 決定

抗告人

右代理人弁護士

中野哲

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  抗告人の抗告の趣旨は、「原決定を取消し、有限会社aに対する売却を不許可とする。」というのであり、その理由の要旨は「(1) 抗告人は、原決定物件目録(4)記載の建物につき差押登記前に賃借権設定仮登記の移転の仮登記を有する者であるから、抗告人に対しては売却決定期日の通知がなされなければならなかつた。しかるに、抗告人の住所は本件建物の所在地であり、このことは現況調査報告書によつて明白であつたにもかかわらず、同通知は上記登記簿上の住所宛にのみなされたため、抗告人はこれを受領することを得なかつた。(2) 本件買受人である有限会社aは、いわゆる暴力団のb会c一家の準構成員であるAの実質的な支配下にあるもので、本件不動産も実質上右Aの計算において買受けられたものである。Aは、競売物件を買受けることを主たる業務とする者として著名な株式会社勧銀の代表取締役の地位にもあるもので、昭和五七年三月ころの所為が原因で刑法九六条ノ三に定められている競売入札妨害罪により有罪判決を受け、民事執行法六五条三号に該当する者であるから、本件売却には同法七一条四号ハ所定の事由がある。従つて、本件売却許可決定は、同法七一条所定の前記各売却不許可事由を看過してなされたもので、取消されるべきものである。」というものである。

二  当裁判所の判断

1  抗告理由の(1)について

(一)  記録によると、原決定物件目録記載の(1)ないし(3)の土地及び(4)の建物(以下「本件建物」という。)については、昭和六一年七月二日、抵当権者である住銀保証株式会社の申立により東京地方裁判所の競売開始決定がなされ、同月三日、その旨の差押登記が経由されたこと、右登記のされる前である昭和六一年三月二五日、Bは、本件建物を、賃料一か月金五万円、期間満三か年、譲渡、転貸ができる旨の特約付きで賃借し、同月二六日、その旨の仮登記を経由し、同年四月二七日、抗告人は、右Bより右賃借権の譲渡を受け、同年五月七日、その旨の登記を了したこと、該登記には、抗告人の住所として「埼玉県蕨市〈以下省略〉(●●ハイツ二一三号)」と記載されていること、東京地方裁判所執行官の作成した昭和六一年一〇月二七日付現況調査報告書には、本件建物には抗告人が昭和六一年五月一〇日ころから妻と子供一人とともに居住している旨記載されていること、昭和六二年三月二五日、東京地方裁判所は、本件建物とその敷地及び附属の私道である前記土地とを一括して最低売却価額を金一八七九万円、入札期間を同年六月一〇日から同月一七日まで、開札期日を同月二四日午前一〇時三〇分、売却決定期日を同年七月一日午前一〇時とそれぞれ定め、同裁判所の裁判所書記官は、同年三月二六日、民事執行規則四九条、三七条により右各期日等の通知を利害関係人らに普通郵便で発し、同年五月二七日、同規則四九条、三六条一項により右同様の公告をなしたこと、抗告人に対する右通知は前記不動産登記簿上の抗告人の住所宛てに発せられたが「転居先不明」の事由で返送されたこと、抗告人は、右期間入札に金二一五二万一五〇〇円の価額で入札して参加したが、最高価買受人になれず、同年七月一日、有限会社aが、代金三三〇〇万円で買受ける旨の売却許可決定を受けたことが認められる。

(二)  民事執行規則三七条が、差押えの登記前に登記がされた権利を有する者に売却決定期日を通知しなければならないと定めている意味は、売却の許可又は不許可に関し利害関係を有する者に、売却決定期日において意見を陳述する(民事執行法七〇条)機会を与えること及び売却許否の決定は、右期日において言い渡されるのみで、改めて告知の手続はとられないので、売却許否の決定に対する抗告権を有するこれらの者に、右期日に出頭して言渡しを聞く機会を与えることにあると解されるところ、本件において、右の事実によれば、売却決定期日の通知は結局抗告人に到達しなかつたものであるが、前記認定のように同期日の公告は適法になされているのであるから、前記通知が抗告人に到達しなかつたとしても、抗告人は売却決定期日を知り得た筈であり、また現に抗告人は本件入札に参加しており、右期日を了知していたものと推認されるのであるから、抗告人が右通知の欠如によつて不利益を受けているとは到底解されず、前記通知の欠如が直ちに売却の手続の重大な誤りであるということはできない。従つてこの点についての抗告人の主張は、採用することができない。

2  抗告理由(2)について

Aは、刑法九六条ノ三第二項の刑に処せられたが、右刑が昭和五七年一一月二五日確定した事実は当裁判所に顕著な事実であり、本件競売手続は右確定の日から二年以上経過した後に開始していることは明らかであるから、抗告人の主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

三  よつて、抗告人の主張はいずれも理由がなく、原決定は相当であるから、本件執行抗告を棄却する

(裁判長裁判官 野田宏 裁判官 川波利明 米里秀也)

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